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雪中松柏 愈青々

徒然なる山の備忘録 

山を学ぶということについて

最近同世代の人と「山の学び方」について議論することが多いので、
ほぼ既知の議論とは言え、ある程度まとまった文章にして公開してみたいと思います。

まず前提として書き手のバックグラウンドですが、
大学時代は部活動、社会人になってからは山岳会に所属と、
かなりクラシックなステップを踏んでおり、決して視野が広いとも言えません。

また、活動は夏は沢登り、冬は山スキーと雪稜を少々というように、比較的絞った活動をしているので、アルパインやフリーに力を入れている人から見ると、多少意識のズレもあるかと思います。

ですので、その辺を加味して認識違いはスルー(もしくは補足)して読んで頂ければと思います。


そもそも「山を学ぶ」手段ですが、大きく個人・組織・有料の三つに分類されます。

<個人>
単独
知人同士(仲間・師匠)

<組織>
部活動
山岳会
同人

<有料>
ツアー
ガイド
講習会

 

また「山を学ぶ過程」としては、スキル導入・スキル定着・判断力向上という要素がありますので、それらに上記の分類をざっくり当てはめると以下の様になります。

スキル導入:個人(技術書・師匠)、組織(講習・先輩)、有料(ガイド・講習会)
スキル定着:個人(知人同士)、組織(仲間) 
 ※勿論単独でも可能ではあるが、安全性・実地指導・自己流回避を考慮して
判断力向上:個人(単独行、仲間内のリーダー)、組織(リーダー)


なので、「山を学ぶ」に当たって何が正解というわけではなく、
色々な方法の中で各人が自分のニーズに合わせて各種方法を組み合わせる、
というのが現実的な判断かと思います。


ここでクラシックな大学の部活や社会人山岳会というのは、
上記の要素を一つにパッケージ化(講習+師匠+仲間+後輩育成によるリーダー経験)して、尚且つ組織的な安全管理の仕組み(保険加入・下山管理など)を付加したものとなります。

さらに伝統のある組織に所属した場合は、帰属意識による安心感やプライドと言ったものが生まれる場合もあります。

ただし、そのメリットを享受する対価として会務を負担する義務も生じますし、
先輩に習ったことを後輩に教える、「ペイフォワード」の姿勢が暗に求められます。
(新人教育を前提とせずに活動する同人系の組織は別物として扱います)

そういった背景の中で、以前は実力のある代表や先輩を中心とした、
トップダウンで体育会的な指導、且つ組織行動を前提として活動するというのが一般的でした。

この背景には、山岳会や山岳部といった組織が誕生するに当たって、
軍隊方式のマネージメントを転用するのが合理的であったからと推測できます。


しかし徐々に個人主義が広まり、上記の様な組織は古臭いと見做される様になり、
フラットで非体育会的な指導、少数単位・組織外部者との活動や、会務の軽減が求められるようになりました。

ですがこれにより、希薄な人間関係が当たり前となり、
スキルやリスク管理能力の低いメンバーが増えたり、新人放置が当たり前となったり、
山行の企画力が低下したりといった事態が起こっています。


特に希薄な人間関係というのは曲者で、
山行内においては実質的リーダー不在の状態が起こるという程度かもしれませんが、
組織という枠組みで考えると、ネット社会で散見されるような事実確認を経ないバッシングや、メーリングリスト上でのフレーミングなど、一部のおかしな動きで全体の人間関係の悪化が加速することもあります。

これらの行為は教育システムの破綻による遭難増加に繋がるのみならず、運営破綻により自らが依り代にしている組織の崩壊をも招いているわけですが、
自分本位の人はそういった視点を持ち合わせていなかったり、
そもそも組織をホップしている人間には関係なかったりするので厄介です。


なので現在の山岳会は、ある程度規制を緩くしつつも、新人教育や安全管理が組織的にしっかりなされて、尚且つ会内で求められる行動原理に従ってくれる人のみを入会させる、というのが一つの理想となります。

ただし山岳会も多種多様で、地域的な繋がりや、特定の活動に特化した仲間で構成したりと、独自の魅力や結束でまとまっているところもありますので、あまり一般化しすぎずに捉えることも必要ではあります。

いずれにしろ、代表や運営側に現代的な組織マネジメントに習熟した人が参画している組織が、活動面においても一定の成果を発揮しているというのが個人的な観測範囲における状況認識となります。

なので、山岳会の衰退という事象は、体育会的組織の忌避、高齢化や指導者不足、
組織変化やそもそもの組織設計のミスによる失敗(結果、仲間割れ・新人放置)
アウトソーシング(ガイド・講習会)の拡大、ネット活用による仲間集めの労力低減により、徐々に「淘汰」されている状況であると考えられます。


ネットや各種手段を上手く組み合わせて効果的にスキルアップしている人はやり手だなと感心しますが、一方で自分のような要領のよくない人間にとっては、多少の義務が発生したとしても包括的なソリューションというのは魅力に感じます。

山岳会に変わる包括的ソリューションの代案が提示されていない現状、
現代的な形に山岳会が上手く変容するという取り組みの意義は、
思いの他高いのではないかと思う今日この頃です。
(組織ではモデル改善、新規モデル導入、個人では各種限定的機能の合理的な組み合わせが最適解?)

 

なお、ツアーやガイドに関してはスキル定着という意味では(貧乏人は特に)金銭的な意味で継続利用が難しいので、あくまでスキル導入の効果的な手段として議論を進めさせて頂きました。

但し、一年程度みっちり教えて卒業と言うガイド塾の様なモデルは、スキル定着をかなり合理的に達成できる方法であると考えられます。

周りの山岳会メンバーの中にも、積極的にガイド塾を利用してスキルを伸ばしている人もいるので、今後はこういったサービスがより増えていく様に思います。


最後に山岳会は人間関係が面倒とよく言われますし、個人的にもそういった側面があることを否定はしません。

しかし、中には後進を育てることに真剣な尊敬すべき先輩や、一緒に山に行って楽しいと思える価値観のあった仲間もおりますので、そういった方達と知り合える確度が高いというのは、他ではなかなか得難い貴重な点かなと思います。